世界のトップシェフの需要に合わせたブランド「sen閃」

職人が1本ずつ手づくりで仕上げる「堺打刃物」で名高い堺は、プロの料理人用包丁では国内シェアのほとんどを誇るほど。その極上の切れ味は、空前の和食ブームとも相まって、今世界の料理人たちからも熱い注目を浴びています。

そんな海外需要に目をつけたのが、1917年(大正6年)創業の老舗問屋、高橋楠です。100年以上に渡り、使い手と作り手の架け橋として、和包丁を中心に数多くの包丁の製作卸を行ってきました。これまでも自社ブランドを手掛けてきましたが、2022年に、海外向けブランド「sen閃」を立ち上げ、世界に向けた商品開発に乗り出しました。

「当社は『世界中の食文化を、料理の力で前進させる』ことをビジョンに、『世界中で、よりよい料理を志向する人の最高のパートナーになる』をミッションとして日々邁進しています。堺の包丁を世界にもっと知ってもらうためには、既存の製品を海外で売るのではなく、世界の需要に合わせた商品を開発することから始める必要があると思いました」 こう語るのは、高橋楠4代目代表の高橋佑典さん。大学卒業後、外資系IT企業に入社。渡米しMBAを取得後、経営コンサルティング会社や東証一部上場企業経営企画部を経て、家業である高橋楠に入社という、異色の経歴の持ち主です。

堺打刃物と藍染という日本の伝統を盛り込んだ逸品

ブランド立ち上げに際してまず行ったのは、フランスの星付きシェフ複数人へのインタビュー。高橋さん自らフランスのトップシェフと膝と膝を突き合わせ、日本の包丁の認知度・満足点・不満点を中心に細かな意見を聞いたのだそう。

「ヒアリングの内容から、ブランディングは現地の方にお願いするのがいいと考え、フランスに住むフランス人アートディレクターとブランディングを行いました。『sen閃』はフランス人にとって響きのよい韻であること、そして日本刀で切ったときの閃光をイメージし、命名しました」

「日本の伝統や文化を世界に拡げる」という商品コンセプトから、刀身はステンレス製の堺打刃物に決定。問題はハンドルです。

「目ぼしい素材が見つからず悩む日々を送る中、転機が訪れたのは、徳島の藍染会社との出会いでした。彼らは、環境に配慮し、完全無農薬の持続可能な農法で藍を育て、伝統技法を用いて藍染を施しているというのです。私たちのコンセプトにぴったりの素晴らしい天然素材。藍染のブルーはフランスのカントリーカラーであり、Japan Blueでもあります。これだ、と思いましたね」

第2弾としてアメリカ進出に挑む

こうして生まれた「sen閃」は、その後改良を何度も重ね現在のかたちに。2023年の国際展示会では好評を博し、欧州各国の小売店で扱われることになりました。

「今は第2弾としてアメリカ向けの新商品開発に着手しているところです。アメリカでは、ギフト市場にステーキナイフ、プロ市場に洋包丁の開発を進めています。市場調査としてニューヨーク、デンバー、ロサンゼルスの包丁小売店を訪問し、ヒアリングを行ったので、その内容を商品開発に活かしたいと思います」

新しい工房に若い職人を迎え新たな一歩を踏み出す

高橋さんは、世界に目を向ける一方で、堺打刃物の業界の未来を見据えます。

「堺の和包丁は分業制で、伝統的に鍛冶職人、刃付職人、柄職人が分かれていますが、職人不足が叫ばれる中、時代の変化とともに業界も変わっていかないといけません。そんな思いから、弊社では堺打刃物を一貫生産できる工房を新設しました」

そんなタイミングで、まるで引き寄せられるかのように門を叩いてきたのは、安達凛さんでした。彫金の専門学校を卒業したばかりの22歳。ふわりと柔らかな雰囲気の中に芯の強さを感じます。

「包丁づくりは楽しくて1日があっという間です。この業界は男性基準のものが多いので、教えてもらったことをそのまま採用するのではなく、自分なりに試行錯誤しています。女性ってだけで『やれるの?』と言われることもあるけれど、負けませんよ。負けん気は強いんです(笑)」

と、なんとも頼もしいコメント。

新しい工房に若い職人、世界に向けたプロジェクト……。伝統を守りながらも攻める気持ちを忘れない前向きな姿勢は、伝統工芸の古い業界に一石を投じ、業界全体を次のステージへ誘うエネルギーとなるはずです。新たな挑戦に果敢に挑む高橋楠から、今後も目が離せません。

取材・文/土屋朋代 撮影/佐藤裕

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