堺ならではの町工場の趣を残す研ぎ専門の製作所

打刃物づくりの「鍛造」「研ぎ」「柄付け」の3つの大きな工程のなかで、切れ味や見た目の美しさを大きく左右する「研ぎ」。「刃を研ぐ」とひと言でいっても細かく分けると27あまりの工程があり、職人には繊細な技術と感性が求められます。

昔ながらの分業が残る堺で、「刃付け」と呼ばれるこの刃物の研ぎ工程を主に行うのが森本刃物製作所です。住宅街の一画にある自宅に併設された工房で、近所の人たちとあいさつを交わしながら家族そろって作業にあたる様子は、まさに“地域に根付く、人情味あふれる町工場”。かつては堺市内のあちこちで見られた、職人の町ならではの風景です。

経験とセンスがものをいう繊細な研ぎ工程

もうすぐ創業100年という歴史ある森本刃物製作所で、現在、代表を務めるのは、今年で83歳になる2代目、森本光一さん。父である初代、森本宇一郎氏に従事し研ぎの世界に飛び込んでから、この道66年という大ベテランです。1987年に伝統工芸士として認定され、大阪府優秀技能者表彰「なにわの名工」としても活躍。また、厚生労働省より「現代の名工」として表彰されたほか、2016年には黄綬褒章を受章されるなど、業界では知る人ぞ知る存在です。

光一さんとともに工房を支える長男、守さんも、2012年に伝統工芸士に認定。次男の吉昭さんと、守さんの妻、麻佐子さん、そしてその息子である源生さんとともに、家族3代で伝統を受け継いでいます。

工房を訪れるとサイズも素材もさまざまな砥石が所狭しと並んでいます。創業当時から使われているという年季の入った道具も少なくなく、こまめにメンテナンスをしながら大切に使っているそう。

鍛冶屋から届いた地金は、まずは表面を荒い砥石で研ぎ、刃先の厚みを落とし、形を整える「荒研ぎ」を行います。 続いて、平らな面を研ぎ進めた後、刃先を研ぎ上げる「本研ぎ」、裏面を薄く研ぎあげる「裏研ぎ」へと続きます。最後は目の細かい砥石で美しく仕上げていきます。

「一つひとつ手作業で仕上げているので、ユーザーの細かな要望に応えられるのが私たちの強みです。『切れ味がいい』とひと言でいっても感覚的なものなので千差万別。どんなシーンで何を切るのか、どんな切れ味が好みなのか、しっかりと聞き取って微調整をしていきます。これは教わってできるものではないので、経験とセンスが不可欠です」

と、光一さん。言葉で伝えきれない細かな要望を形にする繊細な仕事ぶりが、国内外の多くのファンたちを唸らせています。

SNSやクラファンを活用し堺刃物の魅力を積極的に発信

「私たちは、プロ用和包丁の卸問屋などへの納品を主に行う傍ら、少量多品種の受注も請け負い、地金の手配から柄付け、出荷までも一貫して行っています。同時にオリジナリティあふれる自社商品開発を行うことで、こだわりのあるユーザーの希望に柔軟に応える、地元に根付いた刃物屋さんを目指しています」

こう語るのは、現場の作業だけでなく、商品の開発や広報も担う麻佐子さん。

SNSで製造の様子を動画で投稿したり、刃物のメンテナンス方法を伝えたりと、国内だけでなく海外の人たちにも堺刃物に親しみをもってもらえるよう、さまざまな角度からその魅力を発信しています。

そんな取り組みのひとつが、2021年と2022年に大阪市の革工房「リリーレザーデザイン」とともに挑んだ、クラウドファンディングMakuakeのプロジェクト。この時に企画したキャンプ専用ナイフ「EIJIN」は、「堺の包丁屋さんがつくったナイフ」をコンセプトに、材料の確保から熱処理〜仕上げまで独自の手配により生み出した商品です。鋭い切れ味がありながら粘り強く、ハードな使用にも刃こぼれしにくいナイフは、豪快な薪割りから料理の細かなカットまで1本で担う優れもの。クラウドファンディングでは、2回合わせて購入総額800万円以上、販売本数は250本を超える結果となりました。

「職人たちの技術の高さが遺憾なく発揮された独自性のあるアイテムで、『メイド・イン・大阪・堺』のプロダクトの魅力を国内外にアピールしていきたいですね」

小さな町工場の挑戦は、堺刃物の業界全体に新しい風を吹き込んでいます。

取材・文/土屋朋代 撮影/佐藤裕

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