各工程のプロが高い技術を発揮する堺の刃物づくり

打刃物の製造工程は、大きく「鍛造」「研ぎ(刃付け)」「柄付け」の3つに分かれます。堺では分業体制によって各工程をそれぞれのプロが手がけているのも特徴。各職人が専門の技術を高度に磨き上げることで、他産地とは一線を画す高いクオリティを保っています。

そんな堺打刃物の最初の工程であり、肝となるのが「鍛造」。鍛造とは「金属を鍛えてつくること」。

炉の炎で熱し、繰り返し叩いて鍛えることで、金属内部の組織を密にし、極上の切れ味と耐久性を生み出します。仕上げまでには「焼き入れ」や「焼き戻し」など細かな作業が続きます。

銀三という特殊な金属の包丁を火づくりで鍛造

堺の刃物業界には多くの鍛冶屋がありますが、そんななかでも異彩を放つのが、市の沿岸部に広がる工業地帯、築港浜寺西町に工場を構える山塚刃物製作所。ともに伝統工芸士である代表の山塚尚剛さんと弟の拓志さん、従兄弟の繁保さん、尚剛さんの甥にあたる魚田知宏さん、そして、尚剛さんの娘の咲乃さんの家族5人で営むアットホームな工場です。

山塚刃物製作所の最大の特徴は、銀三(ぎんさん)と呼ばれる金属の包丁を火づくりで鍛造していること。

銀三とは銀紙三号(ぎんがみさんごう)の略で、銀三ステンレス、または銀三鋼としても知られる特別な素材。白鋼、青鋼といった安来鋼(やすきはがね)を製造する日立金属が、錆びに強いステンレス鋼として開発したもので、その中で炭素量を増やし硬度を上げたのがこの銀三になります。

硬度が炭素系の鋼材と同じくらいあり、鋼に勝るとも劣らない切れ味に加え、 ステンレス独特の「研ぎにくさ」や食材を切る際の「滑り」が緩和されています。また、ステンレスなのでもちろん錆びにくさは鋼の包丁と比べるまでもありません。

「普通、ステンレス包丁は鋼板を型抜きしてつくりますが、銀三は手打ちが可能なので、鋼を打って鍛えることができるんです。銀三をていねいに鍛造して分子を細かくすることでさらに切れ味を伸ばし、強く、そしてしなやかに仕上げています。鍛造していない商品と比べると、切れ味が長持ちするのも魅力です」と、尚剛さん。

「ステンレスの鍛造は、硬くて大変難しく、なかなか真似できない技術なので、日本国内でも数えるほどの人しかできないと思います。堺の鍛造技術は日本一で、その技術をそのまま銀三ステンレスにも応用できれば、最高の商品になるはずです」と拓志さんも胸を張ります。

とはいえ、一般的な鋼とは素材が異なるため、伝統の鍛造技術をそのまま採用するわけにはいきません。山塚刃物製作所では、独自で考案した製造方法を2〜3工程プラスしたり、最先端の機械を導入するなど、試行錯誤を重ねることで銀三

という素材のもつ魅力を最大限に引き出すことに成功しました。

もともと工程の多い刃物づくりの現場では、簡素化のために細かな工程を減らすところも少なくありませんが、あえて工程を増やすというところに、ものづくりへの真摯な姿勢を感じます。

繊細な彫刻が高機能な包丁に彩りを添える

もうひとつ、山塚刃物製作所の商品にオリジナリティをもたせているのが、咲乃さんによる彫刻です。手作業で施される装飾は驚くほど繊細。

「このために専門学校で3〜4年彫金を学びました。アクセサリーなども制作していたので、そこで培った繊細な技術や感性を刃物に活かせればと思っています」

こう語りながら咲乃さんの手元では、するすると幾何学模様が描かれていきます。聞けば、なんと下書きはなし。1本を仕上げるのに3日ほどかかるそうですが、没頭するため時間が過ぎるのがあっという間なのだとか。

尚剛さんの家では、妻と2人の娘がそれぞれの名前を入れた牛刀をもち、調理の際は自分のものを使っているそう。研ぎながら大切に使っているので、刃巾が少しずつ狭くなっていますが、その分愛着が湧いて料理がより楽しくなるといいます。

「ほかの家庭でも、巾が狭くなるまで使ってもらえたらいいなと思います。よい包丁は手入れしながら使えば長く使えます。私たちのつくる包丁は、堺刃物の特徴である鋭い切れ味と、ステンレス鍛造による使いやすさを兼ね備えた逸品です。手入れが楽で一般家庭でも取り入れやすいので、ぜひ気軽に使っていただきたいですね」(尚剛さん)

「これまでは卸がメインで小売をしてこなかったので、自分たちの名前を出したり表に出る機会はありませんでした。そんななか堺伝匠館で商品を置かせていただき、直接お客様の声を聞くことができて感激したんです。今回、私たちのブランドとして直接お客様に商品を届けられることをとても嬉しく思います」(拓志さん)

取材・文/土屋朋代 撮影/佐藤裕

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